阪大とNECが描く、AI基盤の新たな地平線:ExpEtherが変えるデータ活用の未来とは?
大阪大学D3センターと日本電気株式会社(NEC)が、NEC独自の「ExpEther(エクスプレスイーサ)」技術を活用した広域分散型キャンパスAI処理基盤の実証実験を発表した。
ExpEtherとは何か
ExpEtherは、通常は計算機内部で使われるPCI Expressという高速通信路をイーサネット上で転送する技術の一種で、離れた場所にあるCPU・GPU・ストレージを、あたかも1つのシステム内にあるかのように高速かつシームレスに接続する仕組みである。従来のTCP/IPのようなネットワーク通信がパケット分割やエラーチェックなど多くの処理を伴うのに対し、ExpEtherは計算機内部バスのプロトコルをほぼそのままネットワーク上に延長する点で異なるとされる。
今回の実証では、大阪大学吹田キャンパスのD3センターITコア棟に設置されたNVIDIA製GPU「H100NVL」と、本館の計算サーバー「Express5800/R120j-2M」を100Gbpsの光ファイバーでExpEther接続し、GPUを多用するAIアプリケーションの動作確認と性能検証を行うという。
機微データを動かさずに解析する発想
大学や研究機関では、ゲノムデータや治験データといった機微性の高い情報をAIで解析する際、データのセキュアな管理と計算リソースのオンデマンド利用という要件が両立しづらいという課題が指摘されてきた。ExpEtherが実現しようとしているのは、データを物理的に移動させることなく、必要な計算リソースだけを仮想的に引き寄せるという発想である。データが一箇所に固定されたままであれば、アクセス制御や監査証跡の管理も単純になり、ゼロトラストネットワークの考え方とも親和性が高いとされる。
この仕組みが実用段階に達すれば、ゲノム解析や画像診断、創薬研究のように機微データを扱う医療分野や、天文データ・気象観測データのように大容量かつ高速な処理が求められる研究分野への応用が想定される。
技術的な限界と競合技術
ExpEtherにも制約はある。光速という物理的な限界がある以上、東京と大阪のような遠距離間で「手元のGPUであるかのように」使うのは現実的ではなく、キャンパス内や企業拠点間、データセンター内のラック間といった数十メートルから数キロメートル規模の距離での活用が想定される。今回の100Gbpsという帯域幅も、PCI Express Gen4 x16レーン(約64GB/s)には及ばないが、一般的なイーサネット環境と比べれば高い性能とされる。
また、PCI Expressは本来、計算機内部の信頼された環境での利用を前提としたプロトコルであり、これをネットワーク上に延長することは新たな脅威モデルへの対応を必要とする。競合・関連技術としては、RDMA over Converged Ethernet(RoCE)や、CPU・メモリ・アクセラレータ間の接続を標準化する次世代インターコネクト技術のCompute Express Link(CXL)が挙げられ、ExpEtherがこれらと補完関係を築くか競合するかが今後の焦点になるとみられる。
投資家・技術者への論点
投資家にとっては、ExpEtherが現在のAIインフラ市場でデファクトスタンダードとなっているNVIDIAのGPUエコシステム(CUDA、NVLink、InfiniBandなど)に対して補完的な役割を果たすのか、それとも新たな競争軸を持ち込むのかが注目点になる。NECがこの技術をクラウドサービスや特定産業向けソリューションとしてパッケージ化できるかどうかも、普及の鍵を握るとみられる。
技術者にとっては、遠隔のGPUを「ローカルリソース」として扱う設計思想への転換が求められる。複数拠点に分散配置されたGPUリソースを単一のクラスタとして抽象化し、AIワークロードに動的に割り当てるといったアーキテクチャ設計が、今後の検討課題として挙げられる。
まとめ
結論として、ExpEtherは機微データの安全な利活用と計算リソースの柔軟な利用という、これまで二律背反とされてきた要件に対する一つの回答である。重要なのは、理論上の性能と実際のAIワークロードでの挙動が一致するかという点で、ネットワーク遅延やジッター、ExpEther自体のオーバーヘッドが実運用でどこまで抑えられるかは今後の検証結果を待つ必要がある。今回の阪大との共同実証で運用ノウハウが蓄積されるかどうかが、この技術が標準的な選択肢として定着するかを左右するとみられる。