AIインフラを支える「見えない資源」
大規模言語モデルや高性能AIチップの華々しい進化の裏側で、希土類元素(レアアース)がAIインフラの根幹を支える資源になっている。データセンターの電力消費と発熱問題に対応する高性能冷却システムには、ネオジムやジスプロシウムを使った永久磁石が使われる。AIチップの性能向上を支えるガリウムベースの半導体、高周波デバイスやレーザー・LEDの性能を左右するユーロピウムやイットリウムといったレアアースドーパント、長距離データ通信を支える光ファイバー増幅器に使われるエルビウムやイッテルビウムなど、AIインフラの随所に希土類元素が組み込まれている。
サプライチェーンの偏りという構造的リスク
この希土類元素のサプライチェーンには大きな偏りがある。世界のレアアース採掘の約70%、精錬の92%、磁石生産の98%を中国が占めているとされ、中国北方稀土集団や中国稀土集団といった国有企業が市場の中心にいる。過去には中国がレアアースの輸出制限を課した際に国際市場が混乱した経緯があり、特定国の政治的判断が供給に直結する構造的なリスクとして認識されている。
これに対応するため、各国政府・企業は中国依存を減らす投資を進めている。米国では、MP Materialsがカリフォルニア州マウンテンパスで唯一稼働中のレアアース鉱山を運営しており、米国防総省はMP Materialsに対して4億ドルの優先株式投資と、重レアアースの分離能力拡大に向けた1億5,000万ドルの融資を実施したと報じられている(出典: ジェトロ「米国防総省、レアアース磁石の国内供給強化に向け、MPマテリアルズに4億ドル投資」 https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/07/66480ac85838cb9a.html )。この案件では、JPMorganが10億ドル規模の協調融資の唯一のフィナンシャルアドバイザー・組成主幹事を務めたことも明らかになっている。JPMorganは同年10月、国家安全保障に関わる産業に10年間で1.5兆ドルを投融資し、うち最大100億ドルを重要企業への直接出資に充てる「Security and Resiliency Initiative」を発表しており、MP Materials案件はその枠組みの一環として位置づけられている(出典: J.P. Morgan「J.P. Morgan Leads Groundbreaking Rare Earth Magnets Deal」 https://www.jpmorgan.com/insights/banking/investment-banking/mp-materials )。
もう一つの動きとして、テキサス州のRound Topプロジェクトを進めるUSA Rare Earthは、自社開発の抽出・精製技術を用いて純度99.1%の高純度ジスプロシウム酸化物のサンプル生産に成功したと発表している(出典: MINING.COM「USA Rare Earth produces dysprosium oxide at Texas Round Top deposit」 https://www.mining.com/usa-rare-earth-produces-dysprosium-oxide-at-texas-round-top-mine/ )。ジスプロシウムはネオジム磁石の耐熱性を高める添加元素で、EVモーターや防衛用途に不可欠とされる。
日本も同様の動きに加わっている。2025年10月、日米両政府は「日米間の投資に関する共同ファクトシート」を発表し、原子力発電などのエネルギー、AI向けの電源開発、AIインフラ強化、重要鉱物の4分野で総額4000億ドル規模の投資を進める枠組みを明らかにした(出典: 在日米国大使館「ファクトシート:ドナルド・J・トランプ大統領、日本による数十億ドル規模の対米投資を推進」 https://jp.usembassy.gov/ja/fact-sheet-trump-billions-investment-from-japan/ )。この枠組みには、三菱重工業・東芝・IHIによる米国の次世代原子炉開発への関与や、ソフトバンクグループによる大規模電力インフラ構築への関心表明が含まれるとされる。
サプライチェーン強靭化に向けた4つのアプローチ
各国が取り組んでいるアプローチは、大きく4つに整理できる。
- 国内処理能力の強化とフレンドショアリング:採掘から精錬・加工までを自国または友好国間で完結させる動き。米国のMP Materials、オーストラリアのLynas Rare Earthsなど、政府資金が投入された事例が増えている。
- リサイクルと都市鉱山の活用:スマートフォンやEVバッテリーなど、既存製品に含まれる希土類元素を回収・再利用する技術。使用済み製品の自動分別や元素ごとの抽出プロセスの最適化に、AIと機械学習を活用する余地がある。
- 代替材料の開発:ネオジム磁石に代わる非レアアース磁石や、希土類元素を使わない触媒の研究。長期的な視点を要するが、成功すればサプライチェーンの脆弱性を根本から変える可能性がある。
- 環境負荷の低い抽出・精製技術:従来の採掘・精製プロセスは酸性排水や放射性廃棄物といった環境負荷が指摘されてきた。バイオリーチングなどのクリーンな分離技術の開発は、ESG投資の観点からも重要性を増している。
投資家・技術者への視点
投資家にとっては、鉱山株への投資だけでなく、リサイクル技術を開発するスタートアップ、代替材料を研究する企業、AIを活用してサプライチェーンの効率化を図る企業など、複数の投資対象が存在する。ESG評価の高い企業や持続可能なビジネスモデルを持つ企業が、長期的な視点で注目に値するという見方もできる。
技術者にとっては、AIのアルゴリズム開発だけでなく、鉱物探査へのAI・機械学習の応用、リサイクルプロセスの最適化、サプライチェーンのトレーサビリティを支えるシステム開発など、複数の分野にまたがる課題が存在する。米国のEarth AIのように、AIと機械学習を活用して鉱物探査を効率化するスタートアップも登場しており、この領域は技術と物質科学の両方の知見を要する学際的な分野になっている。
まとめ
AIの進化を支える基盤は、ソフトウェアやアルゴリズムだけでなく、希土類元素という物質的な資源にも依存している。要点は次の3つに整理できる。
- 世界のレアアース精錬能力の9割超を中国が占める構造は、AIインフラの供給リスクに直結する地政学的な論点であり、各国政府はフレンドショアリングによる分散を進めている。
- 米国防総省によるMP Materialsへの4億ドル投資、日米間の4000億ドル規模の投資枠組みなど、具体的な資金投入がすでに動き出している。
- リサイクル・代替材料・環境負荷の低い精製技術という3つの技術的アプローチは、いずれも実用化にはまだ時間を要するが、AIインフラの持続可能性を左右する要素として今後の動向を追う価値がある。